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第一部 第四章
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五年前のあの日もちょうどこんな風に、暗闇の中を走っていた気がする。
もう、五年も経つのか。
早いもんだ。あの頃の俺は、五年後がこんな風になるとはまったく思っていなかった。
あの頃の俺は立派な人間になりたいと思っていた。
立派な人間とは、自分の手でたくさんの金を稼げて、それに似合う技術と知識を持っている人間のことだと思っていた。
あの頃の俺は、それに限りなく近い人間であると思っていた。
五年前、俺は学者になるための大学に通っていた。
あのようなところに俺みたいな人間がよくいれたなと思う。
今更こんなことを言っても何も変わらないのだが、本当に高貴で権威のある学術機関だった。
世界的に有名な学者の約二割がそこの卒業生だ。
そこの学生であるというだけで、どんな人にでも尊敬の眼差しでみられた。
どんなに滑稽なことをしても、誰も責めはしない。その人間がすることこそが、真実と思われる。
学歴社会という風潮の中であっては、その大学で得た学位は二十台前半にとって人類最高のステータスといえた。
卒業後は企業、研究機関、国家公務員、どこの組織だろうか破格の給与と将来を約束された地位を提示される。
あの頃の俺は自分は優れた人間だと思っていた。
それなりに裕福な家庭で育ち、他人より幾分か優れた頭脳を持っていて、友人も人並みにいた。
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