絶望の島と不憫な騎士

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「もうしてます」 「じゃあお前は持ち場に戻れ!」 「ひゃい」  太った西門の番兵がだばだばと戻っていく。 「なあ、トリス」  トリスと呼ばれてぎくっとした。 「あいつ、何を食ってると思う」  城壁から身を乗り出したソロモンが下を見ている。視線の先にはリンゴを貪り食う馬がいた。  ソロモンは若干目が悪いから、馬が何をしているのかに気がつかなかったのだろう。 「あれは……オレのパイになるやつじゃないか? 中に入ってるやつじゃなく、甘く煮たのがびっしり上に乗ってる……タヌキがたんとみたいな名前の……樽がタップだったか……」 「タルトタタンか」 「それだ。オレは毎年楽しみにしていて……確かあれで作るんじゃなかったか?」 「そうだな。リンゴだ」 「馬を殺していいか?」 「いや、だめだ」 「トリス」  ふわっと黒いフードが後ろに跳ねる。北の山からおろす風が漆黒の短い髪を揺らした。冬の空より深い青の瞳がきらりと輝いて、薄い唇が弧を描く。恐ろしく整った顔が眩しいほどの笑顔を作って、俺の背筋にびびんと稲妻が走った。どっくんと心臓が大きく鳴って、忙しく動きはじめた。途端に息が苦しくなる。  ああ、俺はこの顔に弱い。やめてくれ、ソロモン。
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