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5分ほどして、食堂がまた賑わいを増した。
大教室の授業を終えた学生がなだれ込んできたのだろう。
ごくり、と。
喧騒の中、4人の間にだけ、ただ喉を鳴らす音だけが広がった。
そして――
「ごめんねー、遅くなっちゃった」
お花畑を連れて現れたのは、中性的な容姿が目を惹く近藤 茜(こんどう あかね)。
碧と瓜ふたつ、双子の兄だ。
茜はいつものように祐輔と春樹の間へ座り、ニコ、と春樹に目配せをしたあと、頬に淡い桜を散らしたままトートバッグから弁当箱を取り出した。
「はい、これ春くんのぶん。こっちは碧の。‥‥みんなどうしたの?元気ないけど‥」
みっつの弁当箱を並べ終えた茜は周りの空気がやけに湿っぽいことに気づき、不思議そうにそれぞれの顔を覗き込んだ。
ここ一帯にだけ流れる沈黙の下でガッと鈍い音が轟き、祐輔のスニーカーについた砂が、碧の足元にザラと落ちる。
碧はたまらず顔をしかめたが、じんじん熱を持つ向こう脛をさするよりも先に、両手をテーブルについて勢いよく頭を下げた。
「茜ちゃん、ごめん!!」
「えっ?何が?」
「俺、昨日‥‥‥春樹と、しちゃった‥」
「――え‥‥?」
ごめん、とくりかえす碧と同じ色の瞳に、困惑や喪心の色がぐるぐると渦を巻く。
まるで音のない世界に来たみたいに、至極弱い耳鳴りがキーンと細く糸を引いて、思いを巡らせる力も、唇を動かす力も奪っていった。
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