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第2話:波紋(2)
「俺、昨日‥‥‥春樹と、しちゃった‥」
ざわめく学生食堂の中で響いたもごついた言葉は、5人を取り巻く空気を張り詰めたものにするには十分だった。
皆、茜が次に発する言葉を恐々と待つ間、じっと息を詰まらせていた。
茜はしばらくの間、心ここにあらず、と言った具合で、眩暈にも似た感覚に襲われていたが、向かいで、叱られた犬が耳を垂れているような様相の碧を認め、大きく深呼吸をして問うた。
「‥‥どうして、そんなことしたの?」
「‥え、っと‥‥」
「碧、知ってたよね?‥俺と春くんが付き合ってるの」
「うん‥‥本当、ごめん、茜ちゃん。でも、俺‥‥隣の芝生が青く見えちゃったというか、何というか‥」
「‥‥碧は、‥春くんが、好きなの?」
声を荒げることなく、静かに、だが途切れることなく続く茜の問いかけに、碧はややあって、小さく頷いた。
その答えに、ふぅと長い溜め息をついたのは、茜だけではなかった筈だ。
そうしてまたしばらくの沈黙を経て、茜は自身の動揺を押し殺すような声で、重ねて問うた。
「‥‥湊くんとは?ちゃんと話したの?」
「それ、は‥」
「湊くんと碧はまだ付き合ってるんだよね?だったらちゃんとしないと、湊くんにも失礼なんじゃないの?」
全くもってその通りと、反論する隙もない茜の言葉に、碧はただ閉口して頷くほかなかった。チラと隣を見遣ると湊多が、黙って頬杖をつき碧を眺め入っている。
穴が開くほど真っ直ぐな視線に耐えられなくなり、碧は目を逸らしてばつ悪そうに泳がせていると、湊多が深く息を吐き、じゃあ、と静かに口を開いた。
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