第三話 俺を知らぬ君

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「てんりマジウケる」 「……そうだ。今、ぜんざい作っとるとって。 明日には出来とうけん。 良かったら食べに来てぇ~」 姉御、またスルーだ。 こう言う客商売って、難しいよな。 そう言うとこ、俺の店は楽だ。 台の悪口は、徹頭徹尾真摯に聞かにゃならんが、客が調子に乗ってくれば、遠慮なく牽制OK。 謂れのない言いがかりや罵詈雑言も、本音で客と向き合える(他店はどうだが知らないが)。 幸い、喧嘩弱くねえし、要領も良い(やり返しても警察沙汰にしない自信あり)。 「えぇ、今食べれんと?」 「まだ、甘くないよ」 「ふ~ん、じゃあ良いや」 「はい、たこ10個」 満面の笑みで商品を渡して代金を受け取る姉御。 「男に逃げられて、妊娠して帰って来るとか、終わっとうけん、クス」 「……」 姉御の頬がピクリと震えるのを見ながら、俺は思った。 姉御が黙っても、俺は黙らねえ。 「さっきから、声がうっせ、ブス。滅びろ」 「はあ! 何? ブッ細工に言われたくないけん! お前が消えろ!」 女は、俺を力一杯睨んで来た。 「怒鳴らんでっ!ごめんね、お酒飲んどうけん、あのお兄ちゃん」 「……柄悪」 女は、捨て台詞を吐いて帰った。姉御は、後でボソッと俺に『ゆうやんは良いね。あぁ、羨 ましい』と言った。 「姉御、ごめん」 「次やったら、出入り禁止やけん。客商売って難しいとよ」 「肝に銘じます」 俺は真摯に謝った。 姉御ぜってぇ、若い頃元ヤンだったんじゃないだろうか? そんな事を思いながら、帰りに『たこ焼き 8個』を土産に持たされた。 この街に来て、この店に通い続けて約10年。 初めて、帰りにおまけを持たされた。
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