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豊橋市で会社勤めをしている正孝だが、実家は岐阜県と長野県の境の小さな町にある。雪は少ないが冷え込みが厳しく、道路沿いにぽつんぽつんと家があるだけの寂れた田舎町だ。
道から少し入ったあたりだったと思うが、目立たない場所に豆腐屋があった。
店は古く、祖母の話では、祖母の曾祖父の時代にはすでにそこにあったらしい。
店主の老女は何歳になるのかわからない。
曲がった背中に皺だらけの手。豆腐包丁を握る姿は昔話に出てくる山姥のようで、幼い頃は怖いもの見たさで覗きに行ったものだ。
店主の老女とまともに言葉を交わしたのは、中学生の頃だったか、ひどく落ち込んで豆腐屋の前を通った時だった。
「情けない顔しとるに。ほれ、湯豆腐食ってけ」
有無を言わさず押しつけられた椀の中身は新豆の豆腐らしい。
正孝は警戒しながらもそれを口へ運び、その信じられないほどの旨さに目から鱗を叩き落とされたような気分になった。
「そうか、気に入ったか。そうか」
そう呟きながら店の中へ消えていく丸い背中は不気味だが、どこか嬉しそうにも見えた。
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