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#10.5 side story-desire
雨の日は苦手だ。
癖の強い髪の毛はいつもの倍ぐらい広がって纏まらないし、湿った空気で肌がべたついて気持ち悪い。
極力外出したくないのは皆同じなのだろう、パンの売れ行きも悪く、それでも買ってくれる人が現れたとして、車を降りれば足元が濡れる。
その足で車を運転するのだから、もちろん気持ちのいいものではない。
それに、雨の日は人の匂いがいっそう濃くなる。
だから今の僕にとっては、雨の日にあの子と会うことが、相当な根比べなのである。
今日も予備校の入り口で僕の迎えを健気に待っている彼は、糸崎 望(いとざき のぞむ)くんという。
僕より12歳年下の望くんは、半年後に大学受験を控えた高校3年生だ。
初めて出会ったのは7月の終わり頃だっただろうか。
パンの売れ行きがあまり良くなくて、ルート外の高級住宅街をなんとなくふらついていた時、唯一、玄関先へ出てきてくれたのが望くんだった。
多感な時期の男の子にしては珍しいほど純粋で真っ直ぐで、ストレートに僕のパンを好きだと表現する人懐こい彼は、夏休みを謳歌することもなく、勉強の傍ら、僕と会話をしてパンを買うという何でもないことを楽しみだと言ってくれた。
そんな天真爛漫な顔を見せる反面、真面目で頑張り屋さんだからだろう――お父さんやお兄さんと比べて出来が悪いと思い込んでいて、結果が出せないとひどく自分を責めたり、大事な試験の前にはとてもナーバスになる。
そんな、ガラス細工のような望くんのことを放っておけなくて、お客さんの域を超えるほど構っているうち、僕は次第に彼を愛おしく思うようになってしまったのだ。
「‥‥望くん?」
いつも僕の車を見ると嬉しそうに手を振るか、ニコと目配せをするはずなのに、今日はどこか様子がおかしい。
ぼんやり空を見つめて――僕がいることに気がついてもいないのだろうか。
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