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「俺、今は――‥‥黒執さんが、好き‥」
ほとんど息みたいな声で言ったら、視界がぼやけて見えなくなった。
「黒執さんのことが、好きなんです。‥‥だから、黒執さんのパンも‥黒執さんが作るもの全部が、好きなんです」
「――望、くん‥‥?」
「‥だからもう、‥俺、今までみたいに普通にはできないから‥‥」
そこまで言い終えたら、頬につぅ、と生温かいしずくが一筋、伝った。
自分から最後にしようと言ったのに、もうこれで黒執さんとさよならなんだと思ったら、あとからあとから、涙が溢れて、止まらなくなる。
「参ったな‥」
霞がかった向こう側にいる黒執さんが、ため息混じりに言った。
「‥ごめんなさい。俺‥っ、こんな、変な‥」
「――違うよ」
ぐい、と、腕を掴み返される。
いつもパンを捏ねている大きな手のひらに強く引かれ、俺の手が、自分のものではない体温に触れた。
ドッ、ドッ、ドッ‥と、俺の体の中で聞こえているより早い振動が、手のひらから伝わってくる。
――黒執さんの、心臓の音だ。
しばらくのあいだ、熱い鼓動に触れたままでいると、黒執さんはふっ、と笑みを漏らした。
「‥望くん、僕がどうして、毎日君にパンを届けたかったのか、分かる?」
「‥‥え‥、どうして‥?」
「僕のパンはね、‥分身なんだよ。望くんへの想いを、全部‥‥言えないならせめて、パンにこめて届けたかったんだ」
そこまで言って黒執さんは、俺の手をゆっくりと離した。
そうして今度は、濡れてしまった俺の目尻を、そっと親指で拭ってくれた。
「――好きだよ」
まっすぐに向けられたその4文字が、胸のまんなかでじわりと溶けて広がった。
俺はまた溢れ出してしまった涙で、ぎゅっと握った大好きな手を濡らしながら、想った。
黒執さんが――黒執さんの作るものすべてが、好きなんだ。って。
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お読みいただきありがとうございました!
本編は終了となりますが、後日談と裏話がありますので、よろしければもう少しお付き合いいただけると嬉しいです^^
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