#12. きみのつくるものすべてが、

5/5
555人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
「俺、今は――‥‥黒執さんが、好き‥」 ほとんど息みたいな声で言ったら、視界がぼやけて見えなくなった。 「黒執さんのことが、好きなんです。‥‥だから、黒執さんのパンも‥黒執さんが作るもの全部が、好きなんです」 「――望、くん‥‥?」 「‥だからもう、‥俺、今までみたいに普通にはできないから‥‥」 そこまで言い終えたら、頬につぅ、と生温かいしずくが一筋、伝った。 自分から最後にしようと言ったのに、もうこれで黒執さんとさよならなんだと思ったら、あとからあとから、涙が溢れて、止まらなくなる。 「参ったな‥」 霞がかった向こう側にいる黒執さんが、ため息混じりに言った。 「‥ごめんなさい。俺‥っ、こんな、変な‥」 「――違うよ」 ぐい、と、腕を掴み返される。 いつもパンを捏ねている大きな手のひらに強く引かれ、俺の手が、自分のものではない体温に触れた。 ドッ、ドッ、ドッ‥と、俺の体の中で聞こえているより早い振動が、手のひらから伝わってくる。 ――黒執さんの、心臓の音だ。 しばらくのあいだ、熱い鼓動に触れたままでいると、黒執さんはふっ、と笑みを漏らした。 「‥望くん、僕がどうして、毎日君にパンを届けたかったのか、分かる?」 「‥‥え‥、どうして‥?」 「僕のパンはね、‥分身なんだよ。望くんへの想いを、全部‥‥言えないならせめて、パンにこめて届けたかったんだ」 そこまで言って黒執さんは、俺の手をゆっくりと離した。 そうして今度は、濡れてしまった俺の目尻を、そっと親指で拭ってくれた。 「――好きだよ」 まっすぐに向けられたその4文字が、胸のまんなかでじわりと溶けて広がった。 俺はまた溢れ出してしまった涙で、ぎゅっと握った大好きな手を濡らしながら、想った。 黒執さんが――黒執さんの作るものすべてが、好きなんだ。って。 ―――――――――― お読みいただきありがとうございました! 本編は終了となりますが、後日談と裏話がありますので、よろしければもう少しお付き合いいただけると嬉しいです^^
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!