#10.5 side story-desire

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「望くん‥、望くん?‥‥望くん!」 やはり、少し変だ。 彼は微睡むような瞳で僕を見上げ、やや舌足らずに「くろとりさん」と囁いた。 ゆらゆら揺れる大きな瞳はいくらか熱を孕んでいるようで、無自覚に僕の理性をかき乱す。 「どうしたの?ぼーっとして――って!服、濡れてるじゃないか。大丈夫?!」 さりげなく触れる理由を正当化して、その華奢すぎる肩を掌で包むと、小さく上下を繰り返すそれから、冷たく湿った布の感触が伝わった。 「‥あ、うん。予備校に来るときにいきなり降ってきたから‥」 「えっ、それで濡れたままずっといたの?!」 今日は冷えるからと一枚羽織っていたパーカーを彼に被せ、わずかに震える肩を強引に抱いた。 そうして、その小さな体がこれ以上濡れないようにくたびれた傘の下へ引き寄せると、しっとりした髪の毛から、雨とシャンプーの混じった匂いがふわりと香る。 努めてゆっくりと呼吸をくりかえして僕は、駆け足になりそうな心拍を必死で宥めた。 「大丈夫?寒くない?」 先に彼を助手席に乗せてから運転席に乗り込むと、やはり望くんは、宙を仰いで脱力したままだった。 雨に濡れたまま放置していたからだろう、たぶん、あまりいい状態ではない。 このままで居させるのは良くない気がして、僕は暖房をつけてとりあえずと、何か拭くものでも探すことにした。確か、タオルがあったはずだ。 雑然とした後部座席からタオルを探し出す間、狭い車内で、幾度も肩が触れ合った。 肩で浅い呼吸をする望くんの熱めいた息遣いが、冷静さを保とうとする僕を嘲笑うように刺激する。 「濡れてるよ」と吐息交じりに指摘された髪の毛を、何でもないことのように掻き上げてみせると、 「――っ‥!」 細い指先で耳元をなぞられ、僕はひゅっと息を飲んで体を強張らせた。 他意はないはずだ。 それなのに、戸惑うように僕に触れた指先に、僕を見つめ続ける虚ろな視線に、艶めかしささえ感じる。
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