#01.白い車のベーカリー

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#01.白い車のベーカリー

俺、糸崎望(いとざき のぞむ)は、大学受験を控えた高校三年生。 高校最後の夏休み、久しぶりに体重計に乗ると、夏休みが始まってから一ヶ月足らずで一キロも増えていた。 三年前、高校受験を控えていた頃は、夏の始まりと同時にみるみる痩せて窶れていったのに。 原因は分かっている。アレのせいだ。 机に向かって勉強し続けることが、テストでいい成績を取ることが存在意義の俺にとって、根詰めて勉強する時には決まって胃痛に悩まされていたから、おやつや夜食とはまるで縁がなかった。 そんな俺が、今では、三時のおやつの時間になると、「お腹が空いた」という感覚に襲われるようになった。 健康的になったから良かったと言うべきか、それとも、空腹で勉強に集中できないから困ると言うべきか。 そんなことを考えているうちにも、お腹がぐぅと鳴って、ペンを持つ手がノートの上を遊びはじめる。 だめだ。 公式も数字もまるで頭に入ってこない。 目から入ってきた数字や記号が、両の耳からすぅっと抜けてゆく感じだ。 きゅうきゅう鳴く胃が気にかかって、これっぽっちも集中できやしない。 ふぅ‥と、長いため息をついて、椅子から立ち上がる。 ベッドに身を預けてごろりと転がると、お腹の虫がまたきゅうんと鳴いた。 「‥遅い」 ベッドサイドの時計を睨みつけ、窓の外にチラと目を遣る。 耳を澄まして待っていると、遠くから朗らかな音楽の切れ端が、風に乗って漂ってくるのが耳に届いた。
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