ふかいねむりとゆるい覚醒

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目を開けると、そこには、フローリングの床が水平線のように広がっていて、コロコロと数個のビー玉が転がっていた。 なぜか寝違えて筋肉痛のように痛む首筋と太もも。筋を違えないように無意識にゆっくり担った動作で、そろそろと起き上がる。 自分の部屋だ。いつの間に眠っていたのだろう。 何とか起き上がって、床の上に散らばったビー玉を見る。 よくあるいわゆる普通のビー玉で、赤、黄色、水色、緑。 手に取って目の前にかざすと遠くの景色(向こうの壁にかかっているカレンダー)がさかさまに映る。 なんとなく、すべての色でそれを試した。 カレンダーは小さく逆さに凝縮され、赤、黄、青、緑、それぞれの色に順に染まった。 振り返る。首がいたい。 時計を見れば、午後三時。 おやつの時間だ。ふとそんなことを思った。 そしてすぐにその思いをかき消した。 もうしばらくおやつの時間なんてものはなかった。 あれはこどものころだけの習慣だったじゃないか。 おやゆびと人差し指でつままれたこのビー玉。 そうだ、このビー玉も、どこか見覚えがある。 そうだ、子供のころによくこんなビー玉で遊んだっけ。 記憶の彼方。 ぼやっと叫び声が聞こえる。 子どもの、あの特有の、少し舌足らずの、何を言っているかわからない、「きゃーー」と悲鳴にも似た声。どうやら楽く遊んでいるようだ。 場所は公園か。覚えている、ここも確か幼いころに遊んだ。 あの頃、確かに子どもだったあの頃。 あのころは、走り回ることが仕事だった。 ご飯をたくさん食べれば褒められた。 ただ笑顔で、幸せでいればよかった。 今目覚めた世界は、無機質で、自分で掃除しなければどんどん埃がたまってゆく床の上。 ほんの一瞬、思い出だけ、子供時代にかえって、そうして改めて思い知る、その寒さ。 タートルネックの首筋から隙間風が潜り込んでくるようだった。 あわてて電気ストーブのスイッチをつける。 いつか、子どもができたらおやつを買ってやろう。 十数年前の自分が楽しみにしていたような、とびきり甘いマシュマロや癖になるスナック菓子を。 いつか、そのときを胸を張って迎えられるように、今日を生きよう。 今夜はゆっくりと眠って明日に備えよう。 前に進もう。 僕はつまんだビー玉をそっと胸のポケットにしまい、ベランダの窓を開けた。 少し早い夕飯の準備をはじめたのだろうか、どこかの家からおいしそうな匂いがした。
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