0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
目を開けると、そこには、フローリングの床が水平線のように広がっていて、コロコロと数個のビー玉が転がっていた。
なぜか寝違えて筋肉痛のように痛む首筋と太もも。筋を違えないように無意識にゆっくり担った動作で、そろそろと起き上がる。
自分の部屋だ。いつの間に眠っていたのだろう。
何とか起き上がって、床の上に散らばったビー玉を見る。
よくあるいわゆる普通のビー玉で、赤、黄色、水色、緑。
手に取って目の前にかざすと遠くの景色(向こうの壁にかかっているカレンダー)がさかさまに映る。
なんとなく、すべての色でそれを試した。
カレンダーは小さく逆さに凝縮され、赤、黄、青、緑、それぞれの色に順に染まった。
振り返る。首がいたい。
時計を見れば、午後三時。
おやつの時間だ。ふとそんなことを思った。
そしてすぐにその思いをかき消した。
もうしばらくおやつの時間なんてものはなかった。
あれはこどものころだけの習慣だったじゃないか。
おやゆびと人差し指でつままれたこのビー玉。
そうだ、このビー玉も、どこか見覚えがある。
そうだ、子供のころによくこんなビー玉で遊んだっけ。
記憶の彼方。
ぼやっと叫び声が聞こえる。
子どもの、あの特有の、少し舌足らずの、何を言っているかわからない、「きゃーー」と悲鳴にも似た声。どうやら楽く遊んでいるようだ。
場所は公園か。覚えている、ここも確か幼いころに遊んだ。
あの頃、確かに子どもだったあの頃。
あのころは、走り回ることが仕事だった。
ご飯をたくさん食べれば褒められた。
ただ笑顔で、幸せでいればよかった。
今目覚めた世界は、無機質で、自分で掃除しなければどんどん埃がたまってゆく床の上。
ほんの一瞬、思い出だけ、子供時代にかえって、そうして改めて思い知る、その寒さ。
タートルネックの首筋から隙間風が潜り込んでくるようだった。
あわてて電気ストーブのスイッチをつける。
いつか、子どもができたらおやつを買ってやろう。
十数年前の自分が楽しみにしていたような、とびきり甘いマシュマロや癖になるスナック菓子を。
いつか、そのときを胸を張って迎えられるように、今日を生きよう。
今夜はゆっくりと眠って明日に備えよう。
前に進もう。
僕はつまんだビー玉をそっと胸のポケットにしまい、ベランダの窓を開けた。
少し早い夕飯の準備をはじめたのだろうか、どこかの家からおいしそうな匂いがした。
最初のコメントを投稿しよう!