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その紐に指を伸ばした所で、後ろから太郎を呼ぶ主の声が聞こえた。
「太郎、どうした。まだ表の掃除が終わらないか」
暖簾を掻き分け顔を出したこの男、「失せ物屋」の主人である。
浅葱鼠の絣の着物に桑染の羽織を合わせた姿は、呉服屋の主人のようだ。しかしこの店は失せ物屋。
ここに来る者は、己の失くしたものを取り戻しに来るのだ。
猫を抱いたまま店側へ振り返り、太郎は主人の元へ寄った。
「この子が、迷い込んでいたのです。親とはぐれてしまったのでしょうか」
太郎の腕の中で、黒猫はまるで「そうなんです」と言うようににゃおんと鳴き、金糸のような光を放つ双眸を、失せ物屋の主人に向けた。
人よりも乏しく見えるその表情だが、まっすぐに見つめるそれは、この店の主人に何かを訴えているようでもある。
「……旦那様、この子、母猫が見つかるまでここで面倒をみるのはどうでしょう?」
ここに迷い込んだのも何かの縁と、猫の体温が体にしみていくのと同じ速さで、黒猫への情が太郎に芽生えていく。
黒猫も、失せ物屋の主人に向かって「にゃおーん」と長く鳴いた。
「……だめだ」
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