稚児の名前は太郎

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ーーーーーー それから半刻ほど経った。 失せ物屋の主人は1人、煙管を片手に長火鉢に置いた水鉢を覗いていた。 太郎が猫と共に飛び出したのはすでに承知。 どこを探せば猫を無事送り届けられるのか、太郎には分かるまい。 しかし、太郎には分からぬが、あの猫は知っている。そもそもあれは迷い猫などではないのだ。 現に水鉢に映るのは、迷いない足取りで進む黒猫を、太郎が小走りで追いかける姿だ。 「……まんまと情を移されやがって」 煙管の吸い口を齧りながら呆れ顔で主人は呟く。 あの猫は、太郎の懇願に紛れつつ失せ物屋に依頼をしたのだ。 それを「だめだ」と言ったのを、太郎は自分のおねだりの事と思い込んだ。 太郎が頑固なのは雇い主の主人と同じ。 こうと決めたら己の気がすむまで腑に落ちない性分だ。 水鉢では、ようやく猫が足を止め、水色の屋根の家にたどり着き、太郎が追いつくのを振り返って待っている。 側から見えれば子供と子猫の可愛らしい散歩だ。 しかし猫の目は怪しげな光りを湛え始めていた。 「まったく面倒くせえ」 そう煙管の灰を長火鉢に落とし入れ、主人は外套を着込み店を出た。
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