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水鉢の中では、すまし顔の黒猫に太郎がやっと追いついた所が映し出されていた。
「ここが、猫さんのおうちですか?」
息を切らす太郎の前には、篠原と表札をかかげた水色の屋根の家。
こじんまりとしたその一軒家は笹に囲まれて、風が吹くと笹の葉が一斉にカサカサと乾いた音を立てる。
表を見る限り人の気配は感じられない。しかし黒猫は勝手知ったる様子で裏側に回り込み、太郎をにゃおんと呼んだ。
「わわっ勝手に入って怒られないかなぁ……」
手入れのされていない裏庭に太郎が行くと、黒猫は裏庭の上り框の前で待っていた。庭に続く大きな窓は、この庭同様手入れが行き届いていない。
「うぅ……お掃除したいなぁ」
辺りを見回し、太郎がそう呟いた時だ。
人など居ないと思っていたが、家の奥より1人の男が出てきた。
「君は、誰だい?」
まるでこの家全体を表したような、ボサボサの頭に艶のない顔。細い身体を包む衣類は寝間着の部類だ。
「困ったな……迷っちゃったのかい?」
その男に、黒猫はにゃあんと甘えた声を出して擦り寄った。それなのに男は猫の姿に気付きもしない。
甘えても甘えても、男は太郎に話しかけるばかり。
「ひょっとして……」
太郎の呟きに猫はにゃおんと答えた。
それは「そう。もう死んじゃったの」と、言うように。
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