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「・・・・今日は寝てろ」
小さく呟いて、真人は洗面器でタオルを絞って、 それを自分の額に被せた。
少し大きめに折られたタオルが、額と、眼を覆う。
「メシ、つくっておいたから、腹減ったら食えよ」
それだけいうと、真人は振り返ることなく、部屋を出ていった。
昨日、散々泣いたおかげで、腫れているだろう瞼。
噛みついたせいで、切れて血の滲んでいるはずの唇。
真人は、それらに、気づいている。
気づいていて、なにもいわない。
じんわりと、熱くなった眼に、冷たいタオルが気持ちいい。
にっこりと笑わなきゃいけないのに。
こんな顔で笑ったって、誰もよろこんでなんてくれない。
笑いたい。
笑いたい。
それなのに、冷たいタオルの下で、自然と涙が零れてきた。
真人のいつもどおりの素っ気ない態度が、なぜかあったかいと思った。
同時に、黒沢の氷のように冷たい手の感触が、身体中に蘇ってきた。
恐かった。
とてつもなく、恐かった。
自分の身体に触れる冷たい手と、肌に感じる冷たい唇。
どれもこれも、黒沢は冷たかった。
それなのに・・・・。
冷たく突き刺さる視線の先のもっと奥。
黒沢の黒い瞳の奥は、驚くほど、澄んでいた。
吸い込まれそうなくらい、澄んだ、瞳。
『眼を見れば、その人物がわかる』
これも、大好きだった先生がいってた。
人間の眼はすべてを映し出す鏡。
相手を知ろうと思ったら、まず、眼を見ればいい。
その瞳の奥の色が、濁っているか、澄んでいるか。
よく見てみれば、その相手の心の色がわかる。
その人物が、やさしい人でも、冷たい人でも、瞳の色は誤魔化しきれない。
眼は、心を映し出す鏡だから。
だから、まずは、眼を見てごらん。
黒沢の黒い瞳は、なにを映していたのだろう。
眠りに落ちる瞬間の意識の中で、ぼんやりと、思った。
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