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キーボードを叩く手を止め、黒沢は小さく息を吐いた。
度の合わなくなってきている眼鏡を外し、椅子の背もたれに身体を預ける。
様々な人が行き交うオフィス。
色気もなにもない白い天井を眺めながら、もう一度ため息を吐いた。
「・・・・っ」
疼く傷口。
口元を押さえて、人差し指で舌先にそっと触れた。
一種の気の迷いだろうか。
そうだろうと、納得しながらも、どこかで疑問を抱いている自分がいる。
悟に興味を抱いたのは、智紘の名前が出たからだ。
智紘にはじめて会ったのは、三年前。
当時から自分たちのたまり場となっていたバーに、あるとき、康平が従弟である智紘を連れてきた。
やけに綺麗に整っている顔は、実際の年齢より、少しだけ大人びて見えた。
康平は、智紘を紹介しながら、黒沢の耳元で小さく囁いた。
『コイツ、おまえに似てるよ』
苦笑混じりの言葉にそのときは、どこがだ、と呆れながら軽く流したが、何度か智紘に会ううちに、 徐々にその言葉の意味を理解した。
物事に関して執着を見せず、すべてに関して無反応。
絡んでくる相手をさらりとかわす適度な愛想のよさはあるが、智紘の瞳は、いつも違うところを見ていた。
詳しくは知らないが、奥深いところでなにかを抱えているのだろうと思った。
なぜだか、その雰囲気に共感を覚えた。
だからといって、特別な興味を抱いたわけではないが、毎週のように姿を見せる智紘を見ているうちに、 智紘の存在が自分と重なるような気がした。
高校生になった智紘は、あまり姿を見せなくなった。
それだけ、いまの生活が充実しているということだろう。
そのたった一年で、智紘は変わったのだろうか。
まったくといっていいほど、毛色の違う人間と友だちになるくらい、智紘は変わったのだろうか。
だから、興味があった。
智紘を変えたと思われる、あの少年。
少し突いただけで、カッとなって向かってくるガキ。
見事なまでの喜怒哀楽の激しさ。
これほどまでに感情の豊かな人間は、自分のまわりにはいままでいなかった。
無論、それは智紘にも当てはまるだろう。
このガキが、智紘を変えたのだろうか。
そう思うと、さらに、知りたくなった。
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