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手に乗せた鍵をもう一度ポケットにしまいこみ、悟は隣の家の玄関に向かった。
母がいないときの夕食は真人の家っていう暗黙の了解があったりするわけで。
いけば必ず自分の分の夕食も用意されている。
昨日は酢豚で、一昨日はロールキャベツ。
その前は、天ぷらだったっけ。
今日はなんだろう。
夕食のことを考えると、ちょっと気分も軽くなる。
たくさん食べて、嫌なヤツのことなんか、忘れてしまおう。
それが一番いい。
少し軽くなった足取りで、玄関のドアを思いっきり開いた。
「たっだいまー!」
「あ、おかえり」
居間に続くドアからひょっこり顔を出した人物を見て、さすがの自分も動きを止めた。
相変わらずの綺麗な顔が、自分を見て、さらに綺麗に微笑んだ。
「遅かったね。どこか寄ってきたの?」
笑いながら、智紘がゆっくりと自分に近づいてくる。
一瞬、あの嫌味な男の顔が脳裏を掠めた。
「悟?」
いつもなら真っ先に口を開く自分が動かないので、不審に思ったのか、智紘が小さく首を傾げた。
だって、すごく嫌なことがあった。
大好きな智紘をバカにされた。
すごく悔しくて、悔しくて・・・・。
ぼやけた視線の先には、驚いた智紘の顔。
気づくと、自分の頬は濡れていた。
「悟?どうしたの?なにかあった?」
心配そうに顔を歪めて、智紘の手が自分の頬に触れた。
その手があたたかくて、さらに涙が溢れた。
「悟?」
「ともひろぉー・・・・」
眼の前の智紘にしがみつくように抱きつくと、堪えてた涙が、さらに流れた。
子どものように突然泣き出した自分に、智紘はなにもいわない。
ただ、宥めるように背中を軽く叩いてくれる。
それが、なんともいえなくらい、心地よかった。
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