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「確かにネコがいたの、信じて!」
葉月は僕の手をぎゅっと握り、泣きすぎて真っ赤に腫らした目で訴える。
彼女の手のひらについた血はもう乾きはじめていたけれど、獣臭にも似た生臭さが部屋中に漂っていた。
窓を開けたいと僕は思った。
しかし、開けるわけにはいかない。
「ネコ……ね」
僕は部屋の隅の、もう既にヒトと呼ぶにはあまりに原型を取りとめていない無残な姿のそれを薄目で見る。
それは僕のお気に入りの毛足の長い真っ白なカーペットを暗い朱色に染めていた。
葉月の言うことを疑いたくはない。
そもそも彼女がもしヒトを殺すとしても、こんな状態にすることは不可能だとは思うのだ。
しかし、ネコにだって無理ではなかろうか。
何十匹ものネコが気が狂ったように食いちぎったとでも言うのなら……いやでもそれなら、そのネコたちはどこへ行ったと言うのか。
僕の戸惑いを察したのか、葉月はわっと泣き出した。
「ネコだったの。白くて、ところどころ黒い毛がある、クマみたいに大きなネコだったの!」
クマみたいに大きなネコ、それからヒトの死骸。
僕は葉月から与えられた情報と目で見たものを元に今の状況を考えてみる。
緊急事態であることは間違いない。
「それはネコみたいなクマってことではないんだよね」
クマであってくれる方がまだ良いという希望を持って聞いてみたけれど、クマがここに入ってくることはできないはずだ。
「野生のヒョウやチーターが生き残っていたとしても、入って来れないことには変わりないし。
そうなるとやっぱりヤマネコかな」
葉月は僕を見上げたまま、涙を浮かべながら眉を寄せる。
「ねえ、どういう生き物だったとかって考えるよりも、死体があることにもっと動揺するとか、私のことを心配するのが先じゃない?」
「僕はとても動揺しているよ、これは一大事だからね。
ただ、死体は当たり前だけどもう生きていないし、ネコはこの部屋にはもういないみたいだし、葉月はちゃんと生きていて怪我をしている様子もない。
だから、まず葉月の言うネコの正体を突き止めるのが先かなと思って」
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