祖国への船出

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この艦を任された飯牟礼は当然、艦内に積み込まれる全て物資を掌握していた。フランスに留学していた画家の絵が積み込まれることは知っていたが、まさかこれほどの量だとは思わなかった。緩衝材が詰まっていることを考えても、100枚近くあるだろう。 書いた本人は遅れて帰国するとの事だったが、どうせなら共に乗船して管理の方は自らやってもらいたいと飯牟礼は思った。日本に帰ってから足りないだとか破れているだとか新たな問題を、この大きな仕事を終えた直後に起こされるのは避けたいからだ。 あの木箱の保管には気を付けるよう言っておかなければならない。後で部下に伝えておこうと頭の隅に留めておいた。 「予定通りの時刻には出向できそうです。イイムレ、私は今から機関室の方を見てきます。まだ時間はありますが、出港の30分前になりましたら、またここに戻ってきてください」 「分かりました。部下共々お世話になります」 飯牟礼はルフェーブルに向かって敬礼すると、ルフェーブルは同じく答礼を返した。そのまま後ろを向き、先ほどの船員が下りて行ったのと同じ扉から機関室へと降りて行った。 その背中を見送った飯牟礼は縁に手を置き、水平線を見つめた。イギリス海峡を通り、北大西洋、南大西洋を越え、一度シンガポールへ。そして南シナ海を横断し、約2か月をかけて横浜港へ到着する予定だ。 決して短い航海ではないが、大きな不安はなかった。最新鋭の艦に手練れの船長、そして優秀な船員と自らの部下たち。きっと何事もなく無事横浜へたどり着けるだろう。 何も気にする必要はない。 「畝傍」(うねび)の名を冠されたその軍艦は、間もなく大海原へとその鋼の船体を滑らせていった。
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