0人が本棚に入れています
本棚に追加
引用を終える前に、マサミはぼくの肩をつかんだ。
「まったく反吐が出そうだな。戦争の教育効果だって?」
どうやら、彼は見た目通りの反骨精神の持ち主らしかった。めずらしいオールドタイプ。
「軟弱な若者は、徴兵して叩き直せ。ただし、金はかけるな…そういうことさ、この閉鎖空間は、見ろ、ほとんどがハリボテだ」
ぼくは、ブーツのつま先を持ち上げた。
「なんだ?」
「ぼくらは岩と砂しかない曠野を歩いている。それなのに、ブーツに砂埃がつかない。季節は、ずっと夏。おそらく、こんなに殺風景なのも、背景にリソースを割かないため。用意できる限りの計算資源を、別のものに投入しているんだろう。たとえば…」
「〈ナツメ〉!」
身体中に電撃が走った。〈先生〉の放った、『おしおき』ショックだということが、彼女の口調でわかった。
「行軍中の私語は禁止、そう冊子に書いていなかった?」
ぼくは、なんとか呻き声をあげるのを我慢しながら、こう言った。
「ええ先生・・・再読します」
草一つ生えてない黄土色の大地で、少年兵に囲まれた〈先生〉は、真紅のハイヒールを履いていた。
あれは象徴だ。マスター級の権限をあたえられている証。ぼくたちが何万人束になって突撃しても、髪を梳るくらいの間に全滅させられたうえ、反省文を千度コピー&ペーストしないと出られない情報的独房へ監禁されることうけあいだ。
一度でいいから、クソババアと呼んでやりたい相手だった。
「おい、〈ナツメ〉、大丈夫か?」
「たとえば、そう。『痛み』とかに、リソースが割かれてるんだよね」
ほんっとに痛い。歪んでいるであろうぼくの表情を見て、マサミの喉が少し震えたのがわかった。こういう生徒ほど、転向するのは早い。きっと、死を恐れない、従順な兵士になることだろう。
*
最初のコメントを投稿しよう!