3_マーズ

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周囲に遮るもののない仮想の平野に、〈マーズ〉はすでに陣取っていた。  『結晶体』とは言い得て妙で、見た目で近い物質をあげるなら、塩や水晶のカタマリがいちばん近い。地面から一メートルと少しくらいの位置に浮き、静止している。赤いポインタが内部で揺れている。おそらく目玉だろう。大きいのと小さいのがいる。数はこちらと同数、つまり三十一体。  行軍してきたぼくたちは、考えなしにのそのそと散開しようとした。それに〈先生〉が待ったをかけた。 「散開したら個別撃破されますよ!何もわからない赤ん坊なんだから言うことを聞いて個別に役に立ってから死になさい!まずは背の順に並んで!それから言う通りに班を作って!わかったら返事しなさい!」  見事な豹変ぶりに、あっけにとられたヨチヨチ少年兵たちは、彼女の言う通りに動くことに集中し始めた。  冷静な者だったら気づいたかもしれない。『背の順』『班』なんて単語が、じつはこういうときに使うための、軍隊由来のものだったって事実に。  先生は、敵の布陣を見て、頭数・火力が同じことを確認してから、相対的な優位を獲得しにかかった。  具体的には、塹壕を掘ったのである。 「さあ、早く!」  あらゆる白兵戦において、守る側の方が強いのは、軍事的常識だ。相手の三倍の兵力がないと、守りに入った相手に突撃して撃破することはできない。 「はいここに入って!」  本当なら、索敵してから掘ったって間に合わないのだが、そこは先生、なんでもありである。白い小枝みたいな手で、豆腐みたいに地面をすくって、ぼくたちの塹壕をこしらえてしまった。  這いつくばって、胸を反らせると、ちょうどガンを構えられる高さに、地面がえぐりとられていた。伏せれば、正面からの銃撃はやりすごせる。  かわいそうなのは〈マーズ〉だ。塹壕から真正面の敵を打つのは、シューティング・ゲームの一面みたいなものだ。まずミスしない。  ぼくらはおもしろいくらい、撃ちまくった。  隣にいたマサミも、夢中になって撃っていた。  視界が硝煙に染まった。こういうところは、リアルに再現される。細部に設計者のフェティシズムが出るのは、仮想空間も一緒だ。きつい火薬の臭いが鼻をついた。排出された薬莢が、計算資源を絶たれ、宙空で消えていった。
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