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瞳を開くと、少し明るい。ほんの一瞬だったはずだ。しかし、私の手にあの本はない。
どこかに落としたのだろうと、慌てて視界を下に移した時だった。
目の前の文机の前に人がいた。普段着使いの着物に、黒い短髪の少し骨張った痩せ型の男性。
頭を掻きながら、本に鉛筆を走らせている。
気取った風もなく、ただただゆっくりと鉛筆を走らせている。
書いている本はたぶん、あの本だろう。
きっとこれは夢、私が望んだ夢なんだ。
だから、思ったまま話し掛けた。
「……こんにちは。あなたの描く世界が好きなんです。その世界を知りたくて来てしまいました。」
夢の中じゃたかが知れている。そう、思っていた。
「……ん?どちら様?私の世界……?」
ピタリと動きを止めてこちらに向き直る。
低くもなく、かといって高いわけでもない落ち着いた声色。
顔は夕陽が逆光で邪魔をして、わかりにくい。
でも、少し痩せた頬に優しそうな口許が私の心臓を跳ねさせた。
不法侵入で騒がれるわけでもなく、書いていたときと変わらない穏やかな仕草のまま。
人嫌いと何度も綴っていた人には思えない。
やっぱり、人見知りなんだと思った。
彼はそのまままた、文机に向かう。人が侵入しても、害がないと思えば気にしないようだ。
ある意味、危険だけれど。
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