第2話 惹かれしもの

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私は手持ち無沙汰になっていた。覗き込むわけにもいかない。 ふと、後ろ側に少し暗いキッチンが見えた。必要最低限、それ以下のものしかない。 そっと小さな古びた冷蔵庫を開けてみる。 ……乾燥し始めている人参と玉葱とじゃがいも。逆文字の色褪せたコンソメの箱。開封されてすらいない。 冷蔵庫の隣には、買うには買ったらしい茶袋仕様のお米。 シンクの上には、無造作に置かれたお茶缶と旧式ヤカンと小さめの鍋と土鍋。 炊飯器なんて、文明の利器はない。 私は水が出ることと、使われてないことが幸いした包丁片手に腕捲りをした。 野菜は皮を剥いたらぶつ切りにして、備蓄が(ある程度)可能なコンソメで簡単な野菜スープ。あとは温野菜しか思い浮かばないからこれしかない。 お米は洗うものがないので、直接土鍋を使って洗う。計量カップすらないから、すべて目分量。 ヤカンで湯を沸かし、茶渋だらけの湯飲みを洗った。急須の茶渋もしっかりと。 (生活臭がない。あの人、いつから食べてないの?でも、何か変……。) 夢だと思っていた。けれど、触れるもの触れるものがあまりにリアル過ぎる。ふわっとしてるのは、あの人の対応くらいで。 何だか、放ってはおけないという思いに駈られた。 出来上がるまでに、茶碗やら箸やらを発掘する。ついでにお盆も。 一応一式あったが、埃だらけで洗った。とにかく洗った。 (ヤバい!ヤバい!絶対ヤバいって!あの人、ぽっくり逝っても気がつかないくらいヤバい!) このお宅、昔の和式トイレとキッチンとあの和室しかない。外に出なさそうな人だ。どれだけお風呂に入っていないのだろうか……。 出来上がった簡素な食事をお盆に乗せて持っていくと、本を寄せてくれた。 「これは美味い。これは実に美味い。」 嬉しそうに食べる姿は可愛かった。 (空きっ腹だったんでしょうからねぇ。何でも美味しいわよ。)
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