第3話 私は、雨がキライ

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「……っ」  言葉が出てこなかった。  陽の光でわずかに明るい室内、窓際のその席に座って空を眺める少女の横顔。  真珠のような白い肌が陽にあたりまるで、彼女自身が光に包まれているかのよう。こはく色の瞳は空に焦がれるように、ゆらりと揺れている。  その光景に見ほれ、言葉など出てこなかった。  空を見つめていた瞳が、ふいにこちらへと向けられ、視線が交差した。 「……だれ」 「あ、俺は、木下陸斗」  自分の名前を伝えると彼女は、ゆっくり目を閉じた。 「あの、こなつ……きさめさん、ですか?」 「そう、らしいわね」 (らしい?)  彼女のまるでヒトゴトのような言葉が少し引っかかったが、あの絵を描いた人物だということは、わかった。  俺は、美術室の後ろに置かれている絵まで向かうと彼女の名前を呼んだ。 「小夏さん」 「……はい?」 「この絵に一目ぼれしました。続きを描いていただけませんか!」  お願いします、と彼女に向かって頭を下げる。はい、かいいえの答えが返ってくるとそう思っていたが、返ってきたのは予想もしていなかった言葉だった。 「……それ、私が描いたの?」 「え、違うんですか……でも、南先生が……」  小夏樹雨さんが描いたのだと言っていた。けれど、彼女もウソは言っているようにはみえない。 (先生に、だまされた?) 「また、なのね」  もしかして、まさかと巡らせていた俺に彼女は小さな声でつぶやいた。 「きのしたくん、だっけ?」 「はい」 「ごめんなさい」 「え……」  申し訳なさそうに眉をハの字にして彼女は、言った。 「私に続きは、描けないわ」 「どうして」  人違いだったのだろうか、それともこの絵を描くことに飽きてしまったのだろうか。  彼女は、空へと視線を向ける。 「私は、雨がキライ。雨は、私の記憶を奪うから」 「だから……ごめんなさい」  謝りながら振り向く彼女は、悲しげに笑ってみせる。 「描けないの」  その姿がとても奇麗だと、そう思った。
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