1人が本棚に入れています
本棚に追加
「……っ」
言葉が出てこなかった。
陽の光でわずかに明るい室内、窓際のその席に座って空を眺める少女の横顔。
真珠のような白い肌が陽にあたりまるで、彼女自身が光に包まれているかのよう。こはく色の瞳は空に焦がれるように、ゆらりと揺れている。
その光景に見ほれ、言葉など出てこなかった。
空を見つめていた瞳が、ふいにこちらへと向けられ、視線が交差した。
「……だれ」
「あ、俺は、木下陸斗」
自分の名前を伝えると彼女は、ゆっくり目を閉じた。
「あの、こなつ……きさめさん、ですか?」
「そう、らしいわね」
(らしい?)
彼女のまるでヒトゴトのような言葉が少し引っかかったが、あの絵を描いた人物だということは、わかった。
俺は、美術室の後ろに置かれている絵まで向かうと彼女の名前を呼んだ。
「小夏さん」
「……はい?」
「この絵に一目ぼれしました。続きを描いていただけませんか!」
お願いします、と彼女に向かって頭を下げる。はい、かいいえの答えが返ってくるとそう思っていたが、返ってきたのは予想もしていなかった言葉だった。
「……それ、私が描いたの?」
「え、違うんですか……でも、南先生が……」
小夏樹雨さんが描いたのだと言っていた。けれど、彼女もウソは言っているようにはみえない。
(先生に、だまされた?)
「また、なのね」
もしかして、まさかと巡らせていた俺に彼女は小さな声でつぶやいた。
「きのしたくん、だっけ?」
「はい」
「ごめんなさい」
「え……」
申し訳なさそうに眉をハの字にして彼女は、言った。
「私に続きは、描けないわ」
「どうして」
人違いだったのだろうか、それともこの絵を描くことに飽きてしまったのだろうか。
彼女は、空へと視線を向ける。
「私は、雨がキライ。雨は、私の記憶を奪うから」
「だから……ごめんなさい」
謝りながら振り向く彼女は、悲しげに笑ってみせる。
「描けないの」
その姿がとても奇麗だと、そう思った。
最初のコメントを投稿しよう!