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「描けないの」
しん、と室内が静まりかえる。外から部活中の生徒の声が微かに聞こえ、どこかの教室からは、トランペットの音がこちらまで響いてくる。
「雨が記憶を、奪う?」
「そう、記憶も雨と一緒に流れてしまうの」
「雨が降ると記憶がなくなるってこと?」
俺の問いに小夏さんが、縦にうなずく。
雨が降ると記憶がなくなる。それは、どんなにツラいことだろうか。いつ降るのかわからない雨、いつなくなってしまうのか、わからない記憶。それは、どんなに不安だろうか。
俺は、想像することしかできない。
「そっか……記憶がなくなった時、クラスとか学校に行くのどうしてるの?」
「しん……てくれ……だ」
彼女が何か、つぶやいた気がした。あまりにも小さい声で、よく聞き取れなかった。
気に障ってしまっただろうかと顔色をうかがう。彼女の表情からは何も読みとれない。
「小夏さん?……あ、面白がって聞いてるとかじゃなくて」
あわてて訂正すると彼女は、ニコリと優しく、微笑み返してくれた。
「うん、通学とか私のことはメグミちゃんが教えてくれる」
「友達?」
「幼なじみ、らしい」
幼なじみ、それは小夏さんにとってどれだけ支えになってくれる存在だろうか。女の子ならなおさら、心強いだろう。
近くにそういう存在がいると知って、俺はホッと安心した。
「あとは、このボイスレコーダーで忘れちゃいけないことを撮ってる」
カバンから取り出したのは、ウサギ型のボイスレコーダーだった。どうやら耳の部分がスピーカーになっているらしい。
このウサギの形には、見覚えがあった。眞希がいつもカバンにつけてるウサギのストラップとよく似ていた。名前は、なんと言っただろうか。
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