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幕間
空もすっかり暗くなり、一番星が輝き出していた。点々と存在する街灯に照らされながら自分の家へと向かう。
「……どうすんだよ」
「…………」
「まさか、美術部を続けるとか言わないよな……おばさんと一緒に決めたじゃねぇか」
「…………」
彼の問いには、何も答えられなかった。どうすることが自分にとって最善なのか、一緒に絵を描こうと言ってくれた木下くんの言葉を思い出すたびにわからなくなる。
自分は、なんで美術部に所属し続けていたのだろうか。何かメッセージに残していないか、ボイスレコーダーを取り出した。
『5月7日。ねぇ、きいてきいて、わたしロンリーウサギっていうキャラにハマったの。ひとりぼっちのゾンビウサギなんだけど、ひとりでも楽しそうなんだよ。私もそんな風に……とにかく、これ聴いたらこのキャラのことすぐ調べて、ハマるから!』
重要と書かれたファイルに最初に流れてきたのがこれだった。この私は、よっぽどロンリーウサギのことが好きだったんだろう。声にはかなり熱がはいっていた。
「樹雨?」
「……こっちかな」
急に音声を流し始めた私に驚いたのか、彼は心配そうにこちらを見つめているのはわかっていたが、それでも私は、流し続けた。
いくつかの音声ファイルを聞き終わり私は、重要ファイルの中にある最後の1つを流した。
『7月6日。美術室の窓から雨上がりの空が見えた。何も覚えてないけど、なぜかこの空を形にしたくなった。美術の先生という人から絵を描いてみない?って誘われて、教えてもらいながらあの空を描くことにした』
プツリと、音声が消える。
私は、ボイスレコーダーを胸の辺りまで持っていくと強く握りしめた。
「何も覚えてない。何も覚えてないのにまた描きたいと思う」
それだけ、自分にとって絵を描くことは大切なことなんだろう。そして、その気持ちは、今も自分のなかに存在しているのを微かに感じた。
「おばさんには、なんて説明するんだよ。また、悲しませるのか?」
「……親不孝者だよね」
「……樹雨」
「ごめんね、めぐみちゃん」
謝ると大切な幼なじみは、顔を横に振って私の頭をポンッと叩いた。
「樹雨のやりたいように、やればいい」
「ありがとう」
心配でたまらないという顔をしているのに、そう言ってくれる彼の優しさに少しだけ泣きそうになった。
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