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「ほんとうに、やめるのか?」
「はい」
「木下は1年で、今はまだ9月だ。チャンスは十分にあるだろう……それでもか」
「それでもです」
迷いのない返事が職員室に響いた。
先生は、何を思ったのか大きくため息をはきながら、頭の後ろをガシガシと乱暴にかき乱す。渋いお茶を飲んでしまったかのように、眉が歪んでいる。ただでさえシワの多い顔にシワが増えてしまうのを見て、なんだか申し訳なく思った。
「わかった。これは預かっておく」
"退部届け" そう書かれた紙をデスクの一番上の引き出しにしまうと、カチリと鍵をかけた。
「いいか木下、預かるだけだぞ。待ってるからな」
「……はい、数カ月間お世話になりました」
先生に頭を下げてから、俺は職員室の出入り口へと向かった。
一部の先生から、憐れむような視線を向けられる。ここでもか、と内心ため息をついた。
「失礼しました」
そう言って扉を閉める寸前、職員室の窓からグラウンドを走る生徒の姿がみえた。見覚えのあるユニフォームは、つい2カ月前まで自分が着ていたものだ。
いまはちょうど、朝練の時間だったのだろう。そう考えてから、頭を横に振った。自分にはもう、関係のないことだ。
俺、木下陸斗は今日、陸上部をやめたのだから。
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