1人が本棚に入れています
本棚に追加
「はぁ、はぁ…… っ」
少し足を速めたくらいで、息切れしてしまう。体力が落ちたのを悔しく思いながら、俺は美術室へとたどり着いた。
閉め切られたドアに手をかける、乾いた喉をゴクリと潤すとドアを一気に開けた。
「……あ」
薄暗い部屋の中、ポツリと立てかけられたキャンバスは……なかった。かくり、と肩から力が抜ける。
(当たり前か)
あれから時がたちすぎた。そこにないのは、当たり前だ。あると思っていた数秒前の自分が恥ずかしい。
帰ろうと、視線を窓からうつしたとき、鮮やかな虹が見えた気がして美術室の後ろに視線を戻す。
「……あった」
あの時と何も変わらず、石こう像などの美術の備品と一緒にあったその絵に、ホッと息をはいた。
「……変わらない?」
俺が見たあの時とその絵は、なにひとつ変わっていない。
そのことに気づいた瞬間、心臓がドキリと大きく動いた。置いていかれたと言っているかのように、その絵は寂しげに置かれている。
おそる、おそるキャンバスへと手を伸ばす。ふるえる指先がキャンバスに触れると、絵の具でできた微かな凹凸が伝わった。
「見放されたのか……?」
つぶやきに答える声はない。ザァーと降る雨の音を聴きながらその未完成の絵を眺め続けた。
最初のコメントを投稿しよう!