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「だれか、いるの?」
声とともに、パチリと室内が明るくなった。照明のスイッチを押したのは、優しげな女性だ。ショートカットの髪が、やわらかいウェーブを描いている。
「南先生」
「木下くんじゃない、どうしたの?」
美術の先生でこの美術部の顧問、南はるみ先生が、何かあったのかと心配そうにこちらを見ている。俺は、あわてて事情を説明した。
「雨が弱まるまで待ってたんですけどこの絵が見えて、つい」
「そう」
こくり、と納得したようにうなづく南先生をみて、ホッと息をついた。
再び絵をみつめているとあることを思いついた。
顧問の先生なら、これが誰の絵か知っているかもしれない。
「あの、この絵って誰が描いてたんですか?」
「どうして、そんなこと知りたいの?」
質問を質問で返されるとはおもわず「あー、えっとー」と意味のない相づちを打ってしまう。先生の眉間にシワが刻まれるのを見て、ごまかせないと思った。
「好きなんです。この絵が好きで、完成したところが見たいんです」
先生の口が動く、拒否の声が聞こえる前に俺は、勢いよく頭を下げた。
「お願いします、誰が描いたか教えてください」
長い、長い沈黙のあとポンポンと優しく肩をたたかれて、顔をあげる。南先生は、仕方ないというようにうっすらと笑った。
「……小夏樹雨さん、この絵を描いたのは彼女よ」
「こなつ、きさめ……さん」
「彼女はもう帰ってしまったみたいだし、明日晴れていたらまた、美術室にいらっしゃい。きっと彼女はそこに座っているから」
窓際の黒板から二つ目の机を指差した先生に、俺は笑顔で言った。
「はい、ありがとうございました」
「小夏さんが続きを描いてくれるかはわからないけれど私も完成することを願ってるわ」
先生からのその言葉がうれしくて、再び頭を下げてから俺は美術室をあとにした。
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