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「…………っ!」
一瞬。
日出は音を捉えた。
それが現実のものなのか、ストレスが生み出した幻なのかは分からない。
だが、その音は彼女に勇気を与える。
エンジンの鼓動をダイレクトに伝えるかのようなエキゾーストが。
小さな石一つすら見逃さない、路面を捉えるタイヤのグリップ音が。
音は頭の中で確かなイメージとして増幅され、あの夜自らを虜にしたマシンの姿となって鮮やかに蘇る。
ヘッドライトの鋭い光。
夜の闇を飲み込んだような、深い蒼のボディ。
残光を描き、去ってゆくテールランプと、あの夜は見えなかったはずの真紅のバッジ。
その一つ一つが、彼女に意思を再び与え、体に生命を吹き込む。
「――私……」
もう恐れるものはない。息をもう一度吸い、さあ吐き出せ。
この地にいる誰もが、お前の次の言葉を待っているのだから。
「私……やりますッ!」
そうだ。それだ。
お前の、お前のその言葉を皆が待っていたんだ。
さあ行け、立ち上がれ。
キーをひねり、相棒を目覚めさせろ。
クラッチを切り、ギアを入れ、走り出せ。
もうお前はただの憧れる少女ではない。
この地へ、この世界に足を踏み入れた立派な“走り屋”なんだ――。
どこからか響く声。
それに鼓舞され、日出はスタート地点にS14を並べる。
待ってましたと言わんばかりに、小次狼の180SXが隣に現れ、挑発するようにアクセルを吹かす。
スターターは里沙。
彼女は二人の顔を見、呆れたような、諦めたような表情を見せるが、すぐにスターターとしての役目を果たすべく、いつもの彼女らしい、凛々しい表情に変わる。
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