プロローグ

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 どれだけ泣いたのだろう。五分か、十分か。  辺りが見えない中、獣の叫び声が聴こえた気がして、私は涙を拭い、顔を上げた。  栗柄で熊を見たと言う話は聞いたことがない。ならば野犬だろうか。しかし、野犬がこのような凶暴な咆哮をあげるだろうか。  頭の中に、ゲームのモンスターや妖怪のような異形の獣の姿が浮かぶ。  嫌だ。死にたくない。しゃがみ込む私の耳に、咆哮がより音量を上げ、飛び込んでくる。  目を塞ぎ、その“音”が私のそばから消えることだけをただ祈った。    目を塞いだことが功を奏したのだろうか。  一瞬ではあるが、恐怖心という名のノイズが晴れ、“音”を本来の姿として耳が捉える。    ――これは獣の声ではない!    私はその音の正体が何であるかを理解した。  そして立ち上がり、音のする方向へ走り出す。  これほどの音がする『それ』など知らない。もしかすれば、その乗り手は『暴走族』や『ヤンキー』と呼ばれる人種なのかもしれない。  だが、そんなことなどどうでもよかった。    “自動車のエンジン音”こちらに向かってきているのは『それ』なのだから!    サイクリングロードから最も近い路肩を目指し、草木をかき分ける。体に擦り傷ができてもお構いなし。一心不乱に大地を蹴り上げ、足元にかすかに見える石や枝を飛び越え、また駆ける。  辺りは相変わらず真っ暗で、何があるかなんて見えやしない。だが、本能的な勘がこちらであると告げ、私を導く。  草むらを突っきり、折れた枝を潜り、最後の木々の下を抜けた。  視界が開け、舗装された道路が目に入る。その瞬間。    目が眩むほどの閃光。  鼓膜だけではなく、身体全てを揺るがすような音圧。  待ち望んでいたものは、私の目の前に現れたのだ。
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