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――蒼い風。
『それ』は私の眼にはそう視えた。
ヘッドライトとテールランプの残光。そして、獣の咆哮にも似た、獰猛で、唸るようなエキゾーストノート。アスファルトに刻まれるタイヤからは、その痛みさえこちらに伝わるような、この世のものとは思えない甲高い悲鳴。
光と音の四重奏を奏でながら、ミッドナイトブルーの車が私の目の前を通過していく。
ほんの一瞬だったはずなのに、私にはその瞬間がスローモーションのように感じられた。
あれは車なのか。
車があんな姿を見せるのか。
車はあんなにも『生きて』いるのか。
感動、そして恐怖にも似た気持ち。 今にして思えば、車種すら分からない一台の車に対して、私はこの瞬間、完全に心を奪われてしまったのだろう。
蒼い風が走り抜け、峠に再び静寂が訪れる。
それから少し経ち、とっくに見えなくなった軌跡を呆然と眺める私の眼前を、また別の車が駆けて行った。
「……凄い」
呆気にとられ、車が走り去ってからしばらくの間、私はその場から動けずにいた。
現在から六年前の出来事。
これが私と、この地のもう一つの顔。
――そして、私にとって忘れられない車とのファーストコンタクトだった。
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