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どこにでもありそうな一軒家。そこに併設されたガレージの前で、黒いセミショートヘアの、やや小柄な少女が中年の男性の話に耳を傾けている。
彼女は何かが待ちきれないのか、視線を時折自らの横に並ぶ車――白い日産シルビア、俗に言うS14前期型に向け、その度に口元を緩ませている。
「……ガソリンとかは最低限の量しか入ってないからすぐに入れて、んで何度も何度も言ってるが、このS14は前のオーナーがユニットごとABSを取っ払っちゃってるからブレーキ操作には本当に、本っ当に気を付けるように……って、日出(いづる)ちゃん、ちゃんと聞いてるか?」
男性が呆れた様子で日出と呼ばれた少女の肩を叩くと、彼女は驚いた様子で肩をすくめ、男性の方を向きなおす。
「へっ!? あ、は、はいっ! 聞いてます! 聞いてますっ!」
これほどまでに分かりやすいリアクションもそうないだろう。彼は軽くため息をつきながらも、日出に鍵を手渡した。
「本当に大丈夫なんだかなあ……ともかく、これがS14のキーだ。これでこの車はもう、日出ちゃんのもの。だけど、決して無茶な運転はするんじゃないぞ。免許取り立てって一番危なっかしいからな」
「はいっ! 笠原(かさはら)さん、お世話になりましたっ!」
深々と頭を下げて礼をする日出。その姿に笠原は苦笑しつつ、ツナギの胸ポケットから煙草を取り出して火を点けると、S14をここまで運んできたローダーに乗り込んだ。
「納車前にきっちり整備点検はしてあるけど、もしなんかあったらいつでも店なり俺の携帯なりに連絡してくれ。じゃあな、日出ちゃん!」
ディーゼル特有の音を立て、ゆっくりと走り去るローダーに手を振る日出。その姿をミラー越しに見た笠原は笑っていた。
「さて、笠原さんも帰ったし……」
キーを握りしめ、S14の方を向き、再び顔に笑みを浮かべる日出。ドアを開け、シートに深々と座ると、車内の空気を大きく吸い込む。
「……よし」
もたれかかるように倒していた上半身を持ちあげ、キーをひねり、エンジンを始動させる。
「じゃあ、行こうか!」
音がするほどに強くステアリングを握りしめ、ギアを1速に入れると、日出はS14と共に街に繰り出した。
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