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「お、お客様? 他のお客様のご迷惑になりますので、ま、まずはお席に案内致します……!」
顔を真っ赤に染め、なんとか平静を装おうと口を開く里沙。
彼女は明日香に顔を近づけると、耳元で囁く。
「お願いします、明日香さん、ウチのチームのバカ共には絶対、絶っっ対に内緒にしてください。特に小次狼には……」
その声は今にも消え入りそうであり、彼女の目には涙が浮かんでいる。
「クーポン」
「……は?」
「ドリンクバー無料のクーポンあったよな? それで手ェ打ったろ」
秘密と引き換えに、クーポンを要求する明日香。彼女の口はいやらしく歪み、要求を飲まなければ秘密をメンバーどころか、栗柄中にばら撒かんとでも言いたげな圧力を漂わせている。
「ぐ……ぅ……わかった、わかりました。社員特典のやつでよければ、お譲りします」
もはや完全に涙目の里沙。それとは対象的に、彼女の顔を覗き込み、にやにやと笑う明日香。
悪魔とはこのような人間を指すのではないだろうか。
彼女は鼻歌交じりに、里沙が案内したテーブルに向かう。
「(鬼! 悪魔!)」
口にしたい気持ちを抑え、歯を食いしばる。手のひらには爪が食い込み、はっきりと痕が残る。
「……安田さん、大丈夫?」
心配した同僚の言葉に、大丈夫だと言おうと振り向いた。だが、彼女は里沙の顔を見た途端、その手を掴むと、真っ青な顔をしてスタッフルームに連れて行ってしまう。
「えっ、ちょっ」
事態が飲み込めない里沙に対し、同僚は彼女のタイムカードを見せつける。それもご丁寧に、退勤処理を終えた形で。
「安田さん、今日はもうあがりでいいよ。ごめんね、忙しいのに無理をさせちゃって」
「えっ?」
「安田さん、そんな顔色になるまで無理してるだなんて知らなかったから……辛いならもっと早く言ってね。私達もいるんだからさ」
「いや、あの」
一方的に話を進める同僚。彼女は後は私達がやる。店長にも伝えるから安心しろとまくし立て、里沙の説明を聞こうともしないまま、嵐のように去っていった。
「…………」
「なんなの、コレ」
スタッフルームに取り残され、里沙は一人呟いた。
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