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「うう、すいません……」
事務所に戻り、日出に麦茶を出す笠原。
机の上に置かれた二人分のケーキは無残に潰れ、原型を留めていない。
「いやまあ、修理するって説明してなかった俺も悪いし、別にいいよ」
苦笑しながらも、ソファーに腰掛け、チーズケーキのようなものを口にする笠原。
「うん、うまい」
小さなフォークに刺したケーキを見せ、彼は笑顔で話す。
「見た目は潰れちまってるけど、これイケるよ。ありがとな、日出ちゃん」
そう言うと、彼は再びケーキを口に運ぶ。
それを聞いた日出は安心したのか、小さく息を吐くと、自らもケーキを口にする。
「……おいしい」
「だろ?」
目を輝かせ、幸せそうな顔をする彼女の姿に、頬が緩む。
「で、今日は手伝いにきたと」
ケーキを食べ終え、笠原は日出から、今日の目的を聞いていた。
「うーん……気持ちは嬉しいんだが、今日は無理だな」
申し訳なさそうに呟く。
「前にも言ったろ、ウチは塗装はやらないって。だけど少しでも安く直してやろうと思って、実は無理を言って簡易ブースと必要な工具を借りてきたんだ。でもマスクや手袋は一人分しかなくてな……板金塗装ってパテや塗料で結構有害だし、女の子、ましてや日出ちゃんみたいなまだ若い娘にはやらせらんないよ」
単なる意地悪ではなく、日出の将来を心配しての言葉に、彼女は押し黙る。
その姿に笠原も良心が痛むのか、彼女の頭を軽く叩くと、言葉を続けた。
「だけど、フェンダーの取り付けなんかの作業なら大歓迎だぜ。大方日出ちゃん、俺を気遣ってるのは建前で、本当は少しでも自分の車の為に手を汚してやりたいんだろ?」
そう言うと、彼は豪快に笑う。
図星だったのか、日出は顔を赤らめる。
「……ありがとうございます、笠原さん。私の我儘まで聞いていただけて」
「いいんだよ、俺だってそれが今の仕事のルーツだったんだからさ。……金曜。金曜だ。その日までに作業を終わらせておくから、その時また、手伝いに来てくれよな!」
彼はそう言い、日出を送り出す。手を振り、バス停の方へ消えてゆく姿に彼は背中を押されるような感覚を覚え、そのシルエットに背中を向けると、体を大きく伸ばし、一人呟く。
「さぁて、金曜日までに間に合うよう、気張ってやっちまうか」
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