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「その貧乏ゆすり、やめろ」
「あ」
イライラすると右手の人差し指を小刻みに動かしてしまう癖がある。それが彼の気に障ったらしい。
『貧乏ゆすり』と言われたらその通りなんだけど、こんな煌びやかホテルでインテリ風の男性に指摘されたら、恥ずかしさよりも悔しさが先に立ってしまった。
――どうせ貧乏ですよ。
そんな言葉を心の中で呟いた。
独り暮らしを始めたばかりの私は、今日のご祝儀を出すのも結構厳しい状況だったから余計に卑屈になっていた。
「身体の一部を動かしたところで、エレベーターの速度が変わるわけじゃない」
「そんなの当り前じゃないですか」
この人、ちょっとズレてるんじゃないの?
パッと見はカッコいいけど、変な人には関わらないでおこう。
そう思って、また階数表示の方に身体を向けたのに、彼は放っておいてくれなかった。
「そうやって睨んでいても、早く着くわけじゃない。額にシワが出来るぞ」
「大きなお世話です」
エレベーターから降りてすぐにトイレに入った私は、披露宴会場の中にさっきの男性を見つけてうんざりした。
目が合ってしまい思わず睨むと、男性は自分の額に人差し指を当ててシワを伸ばすジェスチャーをした。
何なの? あの男! 嫌味ったらしい。
席次表を見ると、彼は新郎の大学の先輩だった。大手シンクタンクの主任という肩書が書いてある。
『堤 雅信』。それが彼の名前だった。
それでも、披露宴が終わる頃には、そんな失礼な男のことなんてすっかり忘れていた。
22歳の私は友達の披露宴に出席したのが初めてだったから、そのすべてに感動した。
友達と一緒に2次会のバーに移動しながら、素敵な男性との出会いが転がっていないかなと期待していた。
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