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「樹利亜。俺は」
私の手首を掴んだ雅信さんが、言葉を途切れさせた。
その視線の先にあるのは、バスローブの袖口から覗いた私の腕に何本も走る薄茶色の火傷の跡。
工場ではアイロンやプレス機だけでなく、高温の蒸気が通る配管が張り巡らされているから、こんな火傷は日常茶飯事で。
雅信さんの前では真夏でも必ず薄手の長袖を羽織るようにしていた。
ベッドルームは暗いし、行為のとき雅信さんは眼鏡を外すからバレずにいたのに。
――あーあ、魔法が解けちゃった。こんな形で。
「樹利亜、それ、どうした? おい! なんで服着るんだよ!」
「もう帰るから」
雅信さんの手を払いのけて、さっき脱いだ下着とワンピースを身に着け始めた。
呆然とした雅信さんはまだバスローブ姿のまま。
やっぱり私はシンデレラだ。魔法が解けたら逃げ出すしかない。
そして、王子様は本気で追いかけては来ないんでしょ?
きっと王子様も心のどこかでシンデレラを疑っていたんだね。
だから、今、雅信さんの顔に驚きと躊躇いと苛立ちの表情が見て取れる。
「樹利亜、悪かった。……それ」
「雅信さんは悪くない。私が悪いの。ごめんなさい。……さようなら!」
雅信さんの部屋を飛び出して駐車場に向かった。
彼の愛車はスポーツカーだけど、酔ってるから乗れないはず。
もしも、追いかけてくれる気があったとしても。
バレる前にちゃんと打ち明けていたら良かった?
ううん。それでも嘘をついて騙していたことに変わりない。
こんな惨めな気分になるぐらいなら、雅信さんを好きにならなければ良かった。
「疲れた……もうイヤだ……」
深夜の常磐道を走りながら、そんな呟きと涙が零れた。
好きな人に本当の自分を見せられないなんて間違っていたんだ。
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