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夕べからスマホがチカチカ点滅を繰り返している。
未練だな、と思う。
着信拒否すればいいことなのに、雅信さんとの繋がりを断ちたくないと思ってしまう。
『無視するな』『説明しろ』『このまま別れられると思うなよ』『始発でそっちに行く』
雅信さんらしいメッセージ。その1文字1文字が愛おしくて、そっとなぞったら液晶画面が水滴で歪んだ。
別れたくない。別れたくない!
その思いだけで、何も考えずに通話ボタンをタップしていた。
「樹利亜⁉」
「別れたくないの」
「別れたりなんかしない! 今どこにいるか教えろ」
「家だけど……」
こんな狭いアパート、恥ずかしくて来てほしくない。でも、ちゃんと話したい。
「もう笠井に着く。駅からタクシーに乗るから住所を送れ。一旦切るぞ」
切れたスマホを手に覚悟を決めた。
ありのままの私を見てもらおう。全部。
うちのアパートを見ても、雅信さんは驚いた顔1つしなかった。
やっぱり、どこかでボロを出して疑われていたのかもしれない。
私が社長賞を取ったときの社内報を見せた。
工場のズボンプレッサーの前でわざとらしくポーズを取っている写真が載っている。
「立派な仕事じゃないか」
「うん。仕事に誇りは持っている。雅信さんのそのスーツも私たちの仕事がなかったら、そんなにパリッとしていないからね」
これから仕事があるのか、雅信さんはスーツを着てやってきていた。
「でも、ブルーカラーだっていう思いが常にあった。エリートの雅信さんとは釣り合わないって。だから、本当のことがどうしても言えなかった。今まで嘘をついていて、ごめんなさい」
「釣り合わないと思っていたのは俺の方だ。強引に手に入れたけど、樹利亜が若い男を目で追うのが嫌でマンションに籠らせていた」
「私、雅信さん以外の男の人なんて見ないのに」
「うん。それは夕べのパーティーでよくわかった。おまえは若いイケメンウェイターに見向きもしなかったし。なあ、初めて会った日、俺が2次会で言ったことは嘘でも脅しでもない。おまえは俺と付き合わないと不幸になる。俺がおまえを諦められなくて付きまとうから。俺は絶対におまえを手放す気はないんだ」
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