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東京の道はナビを使っていてもよくわからなくて、目的地になかなか辿り着けない。
パーティーは午前1時までだから十分間に合うんだけど、セールを入れた木名瀬マネージャーと首都高の渋滞を恨みながら焦っていた。
――あの日もこんな風に道に迷っていたっけ。
ふと半年前の雅信さんとの出会いを思い出して、頬が緩んだ。
***
短大のときからの友達である美紀が東京で結婚式を挙げることになって、私は道に迷いながら、やっとの思いで会場のホテルに辿り着いた。
他の友達と一緒に電車で来れば良かった。そう後悔したけど遅くて。電車に乗り慣れていないからと、安易に車で来たのが間違いだった。
わかりにくい右折レーンや一方通行にグルグル振り回されて、ホテルに着いたときにはギリギリの時間だった。
地下駐車場から乗ったエレベーターに、礼服を着た男性が乗り込んできた。
私が押した6階のボタンが光っているのを見て、男性はそのまま閉じるボタンを押したから、この人も6階の披露宴に出席するらしい。
エレベーターを降りたら、とにかくトイレに行って化粧を直そう。
ゆっくり上がり続ける階数表示を見上げながら、心の中で「早く早く」と叫んでいた。
「それ、やめろ」
「え?」
いきなり男性が言葉を発したので、反射的に聞き返して男性の顔を見上げた。
2人しか乗っていないエレベーターで口を開いたんだから、彼が私に話しかけたのは間違いないだろう。
でも、意味がわからなかった。
さっき乗って来たときはよく見なかったけど、男性は背がヒョロッと高くて銀縁メガネをかけていた。いかにもインテリという感じ。
うちの工場で配送をしているルートの加倉井さんと同じぐらいの年だろうか。30代前半といったところ。
でも、力仕事をしている加倉井さんとは違って、綺麗な手をしていた。
それは彼が閉じるボタンを押した時に思ったんだ。
きっとペンより重い物を持ったことがない手だな、と。
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