好奇心が猫を殺す

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「猫のことで?」 「うん。考えれば考えるほど、君がオレとの時間を持ちたがっているとは思えなくなってくるんだ」 「そんなことない」 「じゃあ聞くけど、研修医がどれだけ過酷かを理解しようとしたか? 早朝から深夜までの勤務で、夜間救急や当直には優先的に入れられる。 雑用ばかりを押し付けられて、食事はとれれば運が良いぐらいだ。 纏まった睡眠時間なんて取れるわけもない。 ものすごくくだらないことでもすぐに呼び出しが掛かるから、酒も飲めないし、遠くに遊びにも行けない。 そして勉強しなければいけないことは山積みだ。 月のうち、ほんのわずかな休みの時間を、オレはお前と会うために使っているというのに、そっちはオレの体の心配もしてくれない。 疲労しているとアレルギーもひどくなる。 オレはもうあの部屋に入ると息苦しくてしかたないんだ」 一気にそうまくしたてた彼は、涙を浮かべていた。 目の下の隈が濡れている。 それを目にした途端、わたしの胸のうちにじわりと熱が広がった。 啓一は疲弊しきっている。 彼の言うとおり、わたしはその大変さを本当に理解しようとしたことがなかった。 ねぎらいの言葉はかけていた。 だけど、そもそも彼が自分から仕事の愚痴などをこぼすタイプでもなかったので、わたしのほうから水を向けることすら面倒に思っていたかもしれない。 本当ならば、わたしの部屋の訪問は彼の癒しであるべきだったのに。 わたしは彼の趣味と実益であるはずだったのに。 「ごめんなさい」 考える前に言葉が出ていた。 「本当は猫は手放していません。 わたし、啓一のアレルギーがそんなに重いものだと思っていなかったから……。 最初にうちに来た時はアレルギー起こしていなかったし」 「疲れやストレスが、アレルギーを悪化させるから」 そっぽを向いてそう言った後、彼はチェスターコートの袖で目元をぐっと拭いた。 まるで子供がやるかのようなその仕種が、またわたしの胸を締めつける。 そうだ、過酷な生活を送っている彼は、きっとアレルギーも段々と深刻化していってたんだ。 「ね」 「なに」 「猫、なんとかするよ」 彼と過ごした時間が少ないなら、これから少しずつ増やしていけばいいんだ、とわたしは思った。
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