好奇心が猫を殺す

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「どこにいるの?」 玄関で靴を脱ぎながら彼が訊く。 どこといってもひと目で全てが視界におさまる狭いワンルームマンションだ。 しらすが隠れられる場所など、コタツかクローゼットしかない。 啓一も本気で尋ねているわけではなさそうだ。 その証拠にその目はしっかりとクローゼットを見据えている。 実家に預けていると言おうかと迷った。 だが、あのドアを開けられてしまえばすぐにバレる。 下手なウソで、啓一をこれ以上傷付けるべきではない。 結局わたしは沈黙を通した。 彼がドアを開けた。 しらすはそこにいた。 起きていた。 寝床の隅で、壁に背中を押し当てて、小さく固まっていた。 四歳になる成猫だが、子猫のように小さく儚く見えた。 わたしたちの目的が分かっているかのように、ふたつの瞳が不安気にこちらを見上げている。 「はじめまして……えっと、名前はなんて言うんだっけ?」 わたしを振り返って訊いた彼は見てるわたしがうっとりするような微笑みを浮かべていた。 「……しらす」 名前を口にしたことで、泣き出したいような気持ちになった。 呼ばれたと思ったのかしらすがにゃあと鳴いた。 「しらすか、良い名前だ。おいで、しらす」 彼はとても優しい声で言った。 だがしらすは動かない。 彼が手を近付けると、壁に溶け込もうとでもするかのように後ずさる。 いよいよ首根っこを押さえられる時も、ただじっとしていた。 彼は首の皮を掴むと、ひょいと慣れた様子で抱き上げた。 「よし、いい子だ」 しらすを抱いたまま、床に腰をおろして優しく背中を撫で始めた。 その光景だけを見れば、愛情あふれる飼い主が猫を愛でているようにしか見えない。 だが彼の言葉は容赦がない。 「さあ、注射の用意をして」 どきんと心臓が跳ねる。
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