好奇心が猫を殺す

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「猫、手放してないよね」 その日は部屋に来るなり啓一がそう言った。 「実家に引き取ってもらったよ」 わたしは答えた。 嘘だった。しらすは今、クローゼットの隅っこで丸まっている。 こたつでL字に座るようになった時に、万が一のことを考えて、クローゼットの隅にしらすの寝床を作ったのだ。 エサ入れやトイレ、爪とぎはベランダにあるエアコン室外機の陰に押し込むようにして隠してある。 「本当に?」 「嘘なんて言わないよ」 真剣な目がわたしの顔をじっと見つめる。 妙な反応をしてはいけないと、わたしは何とか微笑んでみせる。 自分の口元の引きつりが気になった。 彼の目がすっと逸れた。 助かったと思った。 だが、彼は逸らしたその目をそのままクローゼットに向けた。 閉じている扉の向こうを透かし見るように、じっと見つめる。 偶然にでもしらすが鳴いたりしないか。 彼が扉を開けたりしないか。 後頭部と腋の下に、じんと嫌な熱が広がる。 熱が汗となってにじみ出たところで、彼はクローゼットから目を逸らした。 「あの中に、エサ皿とかを隠してるんじゃない?」 その質問はもちろんハズレなのだけど、正解を言うわけにもいかない。 わたしが口ごもったのを、正解と解釈して、彼は続けた。 「引き取り手がないなら、オレがなんとかしようか」 その時、彼のスマートフォンから着信を告げる音楽が流れた。 電話に出た彼は二言三言かわしてから通話を終えた。 「ごめん、呼び出しかかった」 「うん」 わたしの心中には、彼が行ってしまう残念さではなく、ホッとした気持ちが広がっていた。
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