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ー※ー
「お前さぁ、『怪人に踏み潰される猫A』の気持ちになったことあんのかよ?」
これを、僕の書いたマンガの、ストーリーの筋からしてみればクッソどうでもいい、
ただ怪人の残忍無比さとその破壊力を強調したいがためだけに作った小さなコマの、
本当に思い付きで付け足した五臓六腑が飛び出た血まみれのアメリカンショートヘアーが、
わざわざ隣のコマから吹き出しを持ってきて自分の口に当てて、
呆れてものも言えないとでも言いたげな冷めた評論家のごとく、大首を振ってジト目で話したものだから、
原稿に向かいGペンにぎりしめてヒーローの次の行動に思案を巡らせていた僕は、
当座の驚きや恐怖はぶっ飛びその状況を全く飲み込めず、ただ開いた口が塞がらないまま、
静止画のなかをチョロチョロ動き回るその猫を眺めていた。
その猫は、
内臓ひだを引きずりながら、割ったばかりの生卵みたいな目ん玉を振り回しつつ、
ここもダメ、これもダメと勝手に僕の絵に修正をかけていく。
人の足やら頭やらは枠の外に器用に固められ、代わりに瓦礫やら粉塵やらが撒き散らされ、
モナリザがムンクの叫びに変化していくかのごとく、そのコマは全く違う風景になっていく。
一体何がどうなっているというのか。
僕が、目の前で何が起こっているのかまるで理解できていないのを尻目に、
そのズタボロのアメリカンショートヘアーは僕をじろりと睨むと
「ついでに言うと」
と前置きした上でさらにこんなことを言った。
「俺が今枠の外に放り出したこいつら、蕎麦屋の腕と幼子の頭、ついでにえーと、お前誰だっけ?あ、ジャグリングを持ったまま息絶えた大道芸人の指か。
こいつらの気持ち考えたことあんの?」
「え、あ、いや」
不思議の国にでも迷い混んだのかと思うくらい、奇妙に展開する目前の光景に戸惑いながらも、僕はそう答えた。
なんせ、このズタボロショートヘアー、一寸の冗談気もない真剣そのものの目で睨み付けて来るのである。
笑おうに笑えず、驚こうに驚けず。
その鋭い眼光に圧されて、僕は問われたことに正直に答える他なかったのだ。
するとアメリカンズタボロはひとつ大きくため息をついて、
ハンカチをポケットにしまうように内臓を腹に戻しつつ、
ヤレヤレと首を振ってこう言った。
「だからお前の漫画にはリアリティがねぇんだよ」
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