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彼の荒い息が耳元を掠めた。
次の瞬間、郷ちゃんはわたしの左隣に仰向けに倒れた。
しばらく肩で息をしている。
「……出来ちゃうかな」
「……まぁ、良いんじゃない。それも、そろそろ」
ティッシュの箱を受け取る。
「……いっぱい」
「……久しぶりだったからね」
「……」
わたしも大きく息を吐き出しながら、天井を仰いだ。
頭上の窓の外から、自動車が走り去る音が遠くに聞こえる。
「……何かさ……良いことあるかな、これから」
「……良いことあるよ」
彼の返答に違和感を持ち、左側を見つめた。
「……意外なこと言うね、そんなこと思ってんの」
「思ってない」
わたしに視線を送りながら、少し困ったような顔で微笑んだ。
正気に戻ったわたしは気付いた。
先程はわたしの「何でそんなこと言うの」という反応に合わせてくれていたのだと。
「……あははっ」
思わず声を上げて笑ってしまう。
「……よーしっ、ご飯作る!」
勢い良く起き上がったわたしに、郷ちゃんは力なく声を絞り出す。
「……何でそんな元気なの……」
「出来るまで寝てて良いよ」
部屋着に袖を通しながら振り向き、笑顔を向けた。
わたしはこの人の、ネガティブシンキングが居心地が良かったのだと、思い出した。
この人が居てくれることが、良いことなんだと、思った。
END.
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