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午後9時半。
外はめっきり冷え込んで来た秋の終わり。
もこもこの部屋着のフードを頭に被り、暖を取りつつ野菜ポトフを煮込んでいると、帰宅した旦那がスーツのジャケットを脱ぎながら一言。
「ヤル気ゼロー」
「ゼロー」
旦那の口癖に乗っかり、後に続く。
ネガティブなワードを吐きつつも、彼の口調は軽快だ。
「あっ美味しそう!」
皿に盛られたピカタに手を伸ばし、1枚口に放り込んでいる。
「こらー、つまみ食いしなーい」
「美味しい!」
わたしは文句を垂れつつも、褒め言葉を零しながら表情を明るくした旦那に笑顔を返す。
テレビを点けて食卓に着く。
「最近営業入ってるから、全然早く帰れん」
「郷ちゃんもかー。わたしも最近忙しい。毎日依頼100件とか残して帰る」
「それ全部、灯梨がすんの?」
「まさか。全員でさばくけど、簡単なのばっかしてる奴とかいるし」
仕事の愚痴を呟き合う。
テレビからは、お笑い芸人の笑い声が響いて来る。
「自分ばっか力掛かる依頼やってる気する。ほんと腹立つ。……郷ちゃんは、腹なんか立てないか」
この旦那は出会ってこの方、怒っているところを見たことがない。
啜っていたスープカップから彼へ視線を滑らせると、手元に目線を落としたまま言う。
「……諦めてるから。心をゼロにしておくと、何か起こって1になった時に喜びを得られる。常にゼロにしておけば、それ以下には下がらない」
わたしに視線を移し、大きな目を細め静かに微笑んだ。
「……無の境地だね。わたしも見習うわ」
白米を頬張りながら、頷いた。
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