日々の中に

8/10
前へ
/10ページ
次へ
ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音が響く。 時計に視線を移すと、いつの間にか21時を回っている。 「ただいまー……」 真っ暗な寝室の入口へ足を踏み入れる郷ちゃん。 「……ご飯、出来てません。ごめんなさい」 「いーよー……どした?」 ひとまず起き上がったが、わたしはベッドの上に座り込み、顔を俯かせていた。 「…………時給、下がっちゃった」 「……時給? 時給って下がることあんの?」 その疑問は至極当然であろう。 「……無理かも。どうやって保ったら良い? ふざけてるよね」 遅くまで働いて来てお腹空かしている人に、何をいきなり愚痴っているのか。 「……仕事、辞める?」 体を折り曲げベッドに伏したわたしの側に腰掛け、静かに言う。 「……全部終わりにして失くなりたい」 「全部終わり」 簡単に続けられた言葉に、かっとなり声を荒らげた。 「何でそんなこと言うの」 「……全部終らせてリセットしてまた始めよう」 後付けのような言葉をつぶやく彼。 わたしはむくりと体を起こすとそのまま後ろに倒れ、呆けたように天井を見つめた。 瞼を閉じ、顔の上で手を握る。 「……嫌でしょうこんな暗くて重い奴。わたしなら嫌だ。わたしなら受け止められない、こんな奴」 「……仕事の人間関係より全然平気」 瞼の奥で、スーツ姿のままわたしの隣に横たわった彼を感じ取った。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

99人が本棚に入れています
本棚に追加