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日本時間午後8時、スタジアムの熱気は最高潮に達していた。
ーー日本4位!必死に喰らいつく!先頭はアメリカ!そしてオーストラリア!ーー
弾く水飛沫、湧き上がる歓声、ほのかに鼻に薫る塩素の匂い。
セパレートコースを眺めて、スタート台に立つ俺はその全てを受け入れる。
壮観な眺めに喉がゴロゴロ鳴った。
各国の第3泳者が目の前にどんどん迫ってくる。母国の威信をかけた漢達の戦い。東京オリンピック男子400mメドレーリレー決勝。
ーーまずはアメリカぁ!アンカー飛び込んだ!続いてオーストラリアもそれに続く!ーー
さすが競泳大国。圧巻の泳ぎをしてくるじゃねぇか。
…でもな、俺を忘れちゃ困るぜ?
俺は猫背の背中を丸めてスタート台を掴み、そして目を閉じた。全神経をスタートのタイミングに注ぎ込んで、その時を待った。
目で見るんじゃねぇ、野生の勘で感じるんだよ。
刃のように研ぎ澄まされていく感覚でその瞬間をじっと待つ。澄み渡る青の世界がありありと浮かんでくる。あと、1メートル!
そして…第3泳者のケイゴの指先が壁に触れたのと同時に、俺は目をカッと見開いて、勢いよく蒼穹に似たブルーの世界へ飛び込んでいった。
ーー猫が飛んだぁ!日本の誇るサムライブルー!蒼の猫!凄まじい飛び込み!頑張れ!ニッポン!メダルなるか!?ーー
そうさ、俺は猫になっちまった元人間さ。
…けど、ひとつ言わせてもらうよ?
泳げねぇ猫は、ただの猫なんだぜ?
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