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『♪天国へのガイダンス』
浮遊感を孕んだ一音が、シブヤアの夜に鳴り渡る。
売り子の華奢な魂を空へと届けるには、十分すぎるくらいに軽やかな響きであった。
「わ、わたしは……お空を飛べるの?」
売り子の両耳からは、たくさんの耳汁が溢れ出す。
(おかあさん、ごめんなさい。でもわたしは、あっちの世界のほうが、幸せになれるかもしれない。お空のうえで、一生遊んでいられるから。まずはきれいなお洋服を着て、小鳥とダンスをして遊ぶ)
演奏時間、三秒。
奈緒の曲を聴き終えた売り子は、小銭をばら撒きながら、静かに倒れこんだ。
ばら撒かれた小銭が、サイフを忘れたレイのもとへ転がる。
「……盗みはロックじゃないね」
レイはそれらに目もくれず、身に付けていた腕時計をはずして放り投げた。
「チケット代、これで足りるかしら」
売り子の胸に置かれたのは、109万円相当の高級ブランド腕時計。
これを質屋に持っていけば、服やバッグ、食費や家賃にだって化ける。
延々と続くバイト生活から、抜け出すきっかけにだってなり得る――。
(わたしが欲しいのは、お金じゃない――)
しかし売り子の魂は、天国へと旅立った。
お金という概念のないその世界のほうが、彼女にとっては居心地が良いのかもしれない。
これは売り子が選んだ。
奈緒は、その結末のBGMを担当しただけに過ぎない。
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