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寝起きの悪い女性を、男性が叩き起こす。いつも通り。
まだ5時を少し回ったところ。普通の人間には早い時間だ。
それでも、今から仕事だ。
半分寝ぼけながら身支度をする女性を急かしながら階下に降りれば、そこは小さくも立派な厨房と、一軒家を改造した程度の広さしかない小さなホール。
これでもレストランだ。
「ほれ、仕込みの時間だ。しゃきっとしろ。指切るぞ」
「うぐぅ…あたしはもうだめです…疲れました…有給休暇を希望します」
「お前は有給を与える側だ」
女性はこのレストランの料理長にして、社長である。従業員は目の前の男性1人。共同経営者。ちなみに他の従業員はいない。そんな余裕はない。
借金こそ最低限で済ませたものの、諸々ぎりぎりで開店、運営している2人の店だった。
「うう…きつい。毎日がきついよ」
「良かったな。盛況で。正直俺はさっさと閑古鳥が鳴いて真綿で首を絞められるように潰れていく事も覚悟してたぞ」
「それは良かったんだけど、違う…あたしが想像していたのは、もっとこう…キャッキャウフフとした新婚さんが仲良く優雅に経営する2人だけのお店というか…」
「そんな甘い話があるか」
男と女――割と新婚ほやほやの二人は、しかし色気も何もない過酷な自営業へと身を投じだ。
「誰のせいだろう」
「お前が突然京都に行くみたいにお店を開きたいとか言い出したんだったな。この恨みは一生忘れん。ほれ、野菜を切るんだよ」
うぐっ、と言葉に詰まりつつ、しかし今日の女は引き下がらない。仕込みのピーマンを刻む手を止めた。
「もういやです。疲れました――シュプレヒコール!!」
「何事だ」
「あたし1人で料理を作る日々に疲れきってしまいました。断固として抗議します」
「だから、お前はシュプレヒコールされる側だ。だいたい、みんなお前の料理を食いに来てるんだから仕方ないだろ」
何をやらせても上手くやる才女であった彼女は、料理もまた上手くこなした。いまだに不器用さが残る男性を尻目に。
だからさ、と男性を指さす。
「明日休みじゃん?」
「定休日だな」
「料理の勉強しようよ。教えるから」
心底意外だとばかりに、男性は眉を上げる。
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