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ぴ、ぴ、ぴ
規則正しい機械音と、遠くの喧騒。
真っ白な部屋。小さな個室。
壮年の男性はベッドに横たわり、外を見やる。
憎たらしいくらいに綺麗な景色だ。
ひゅー、ひゅー、と呼吸器から音が漏れる。
苦しい。
死にそうだ。
そんな言葉をどれだけ漏らしてきただろうか。
もうじき、その通りになる。
肺がん。末期。ステージ4。
それが男性に与えられた病名だった。
タバコは、吸わなかったんだけどな――そんな理不尽な病気だった。
ドアが開いた。
誰かが入ってくる。
男性にとっては、すっかり見慣れた女性。
いつも一緒だった。
疲れ切った表情で、今にも泣き出しそうな笑顔で。
本当に――男性にとっては、それだけが心残りで。
女性は何も言わなかった。
ただ黙って、自分をどうにか見ようとする男性の視界に入るように身を乗り出す。
あなた、と声が聞こえる。
呼吸器を外してほしいと、いつものように合図を送る。
もう、この擦れる声では、機械越しには届かない。
「……ぉう…」
軽い挨拶。女性は泣いた。
声を上げずに、どうにか涙をこらえようとしながら。
男性の手を握り、祈るように、恨むように。
「あの、こ、たち、は…」
2人の子供。まだ小学校に通う長男と長女。
「学校だよ。ほら、まだ昼間だから」
それもそうか、なんて男性は笑う。
「みせ、ほ、といて、い、のか」
次は、そんな心配。女性は首を振る。
「大丈夫。もう、あたしがいなくても上手くやれるもの」
長く勤めてくれた、馴染みの従業員たちの顔が浮かんだ。よく尽くしてくれた。きっと、心配はいらないのだろう。
ひゅー、ひゅー
かひゅ、かひゅ
女性が泣く。涙を流す。
ねえ、と呟く。
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